ギラン・バレー症候群
2008年11月14日
私は、13歳の時にギラン・バレー症候群と言う病気になりました。
ギラン・バレー症候群とは・・・、主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなる病気です。
重症の場合は、一時的に気管切開や人工呼吸器を使用しますが、予後はそれほど悪くないならない病気です。
日本では特定疾患に認定された指定難病でもあります。
10万人に2、3人の病気と言われていますが、芸能人の方でギラン・バレー症候群の方もいらっしゃいます。
私の症状は、右手の運動障害と右足の神経障害でした。療養中は、左手でご飯を食べたり歩行器を使ったりしていました
が、私は幸いな事に病気の進行はなく、3ヶ月後に完治しました。
しかし、この病気は再発の可能性がある病気です。
今日、私は、この病気について取材を受けました。なぜなら、女優の大原麗子さんがギラン・バレー症候群で、再発なされたからです。
今まで、普通のことと思っていた事をする事ができなくなる病気なのですが、命を落とす病気ではありません。私は希望を持って療養生活を過ごしました。この病気があったからこそ、私の今の人生があります。私は今、とても幸せです。
大原さん、そして今ギラン・バレー症候群と戦っている方々にも希望を持って治療に専念して欲しいと思います。
がんばってください!




先日、インフルエンザの予防接種を受けたのですが、そのときの問診票に「ギラン・バレー症候群にかかったことはあるか」という質問があり、思わず寛子さんのことを思い出してしまいました…。寛子さんのおかげでこの病気のことを知ることができ、よかったと思います。
再発の可能性もあるのですね…。寛子さんご自身が皆さんの希望となれるようにご活躍をお祈りしています。
こちらでは、はじめまして。
大原さんのニュースで「ギラン・バレー症候群」のことを知り、検索していたら美馬さんのブログにたどり着き驚きました。
難病なのに、完治されて良かったですね。
この病気で苦しんでいらっしゃる皆さんが一日もはやく治る事を祈ります。
美馬さんも皆さんの希望として、これからも頑張ってください。
私は寛子ちゃんを知るまで、(恥ずかしながら)この病名を知りませんでした・・・。
昔、筋肉が成長とともに弱くなってしまうという方のドキュメンタリーを見たことがあるのですが、もしかしてそれはギラン・バレー症候群だったのかもしれません。
私は包丁で指を切ったくらいでさえあたふたするのに、それが全身で、しかも体内の病気となると想像が付きません。
寛子ちゃんのように希望を持ち続けることも、辛いと思うかもしれません。
だから、寛子ちゃんがミスジャパンになった意味って深いのだと思うんです。
病気の克服は大偉業です。
世界大会一位よりも凄いと思ってます。
大原麗子さんをはじめ、ギラン・バレー症候群と戦っている多くの方の早期完治を願ってやみません。
Stay strong.
Don't be negative, everyone!!!
寛子さんのブログだけコメントが激少ない。
ナゼ? もっと寛子さんに注目してください
こんにちは。
川口順子さんについて調べているときに
ギラン・バレー症候群のことが出、そこから
こちらに来ました。
先日、テレビで拝見しました。
メディアにさらされることの多い、とっても素敵な方の発言は、いろんな方を力づけていくと思います。
いろいろなアップダウンも、自分次第で全部ポジティブなものにして、心豊かに過ごしましょう!
応援しています!!
はじめまして6年生の息子(2年前発病)の後遺症の事で調べていたら美馬さんのブログを発見しまして成功している方なのでWOW~って感じになりましたのでコメントさせていただきます。
そんな訳でモトクロスやスケボーなど怪我や後遺症と闘いながら頑張っている息子に学校から帰ってきたらこちらのホームページを見せてあげようと思っています。
これからもこの病気のレジェンドとして(笑)頑張ってください!!
私もギランバレー症候群になり4ヶ月経ちました。完治するまで諦めないよう頑張ります。
初めまして
私は33年前に多発性神経根という病気にかかり急に歩けなくなったようです、私はその時3歳でしたので正直覚えていません。何箇所か病院を回り肉離れだの何だの言われたらしいのですが一向に治らず東京女子医大病院に行き入院を3か月しました。
その当時は大変珍しい病気だったようで医学会に駆り出されたりしたようです。
現在になりその病気を調べていたらどうやらギラン・バレー症候群だったという事が分りました。
その後の私は再発もせず元気に暮らしています。
最近ギランバレー症候群の記事が多くなりましたね。
大原麗子さんの件で多くの人に知られる様になりましたが、私は今年の2月に発症しました。
急に手足が動かなくなりましたが、主治医の先生が早期に病名を探してもらい、3ヶ月で完治する事ができました。
入院中は食事もトイレも人任せで、悲観に暮れましたが、インターネットで予後が良いとあったのが救いでした。
正直、もう2度と歩く事は出来ないと思いましたが、妻の介助で少しずつ良くなっていくときは、毎朝が楽しみでした。
現在治療中の方も、ある日突然動かなかった手足が動く様になりますので、明るい希望で治療に希望を持って下さい。